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オーケストラ・アンサンブル金沢第466回定期公演フィルハーモニー・シリーズ(2023年3月21日)

2023年3月21日(火)14:00~石川県立音楽堂 コンサートホール

1) シューベルト/交響曲第5番変ロ長調, D.485
2) モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調, K.218
3)(アンコール) パガニーニ/カプリース24番イ短調
4) ベートーヴェン/交響曲第2番ニ長調, op.36
5)(アンコール)レスピーギ/リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲~イタリアーナ

●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5,米元響子(ヴァイオリン*2-3)

Review

広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演フィルハーモニー・シリーズを石川県立音楽堂コンサートホールで聴いてきました。広上さんがOEKのアーティスティックリーダーに就任して半年,金沢市内の至る所で,OEKのメンバーとゲリラ的にミニコンサートを行うなど,頻繁にお顔を拝見している印象がありますが(これは,音楽堂内の”等身大パネル”の力も大きいかもしれません),考えてみると指揮者としては全然登場していないことに気づきました。まさにこの日の公演は,「待望の登場」という感じでした。この辺も広上さんならではの計算された盛り上げ方なのかもしれませんね。

プログラムは,シューベルトの交響曲第5番,ベートーヴェン交響曲第2番という2つの交響曲の間にモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番入る,OEKの編成にぴったりの構成でした。どの曲にも最近の広上さんらしい,暖かな味わいがあり,幸福感溢れる充実の時間に浸ることができました。広上さんの解釈には,奇をてらった感じはなく,古典~初期ロマン派の曲らしい,まとまりの良さと新鮮さがありました。それでいて要所ではビシッと聞かせたり,濃い味わいを残したり...何というか熟練の巨匠のような指揮ぶりでした。

最初に演奏されたのは,シューベルトの交響曲第5番でした。実は,この曲については,数年前,広上さん指揮OEKで,第1楽章と第2楽章だけが抜粋で演奏するという機会がありました。この時の暖かさに溢れた演奏が忘れられず,「3,4楽章も聞きたかった...」とずった思っていましたので,今回の演奏は待望の全曲演奏でした。

第1楽章は思ったよりも速めのテンポでくっきり,明快に開始。松木さんのフルートなどが合いの手を入れながら,幸福感にあふれた音楽が,自然に伸び伸びと流れていきました。広上さんは音楽に乗っているだけ?と思っていると...第2主題ではパッと表情が濃くなり,「すごい」と思いました。主題呈示部の繰り返しは行っていました。

その後も弦楽器を中心とした自然な流れを木管楽器がくっきりと縁取るように進み,次第に濃い音楽になって行きました。楽章最後は,広上さんの大きく手を広げる動作で終了。幸福感をいっぱいに抱きしめているようでした。

第2楽章もまた,穏やかな春の陽光を思わせる音楽(OEKは1989年の4月末に行われた,天沼裕子さん指揮の第1回定期公演でこの曲を演奏しています。それ以来,この楽章を聴くたび,春たけなわの気分を思い出します)。大きな出来事は起こらないけれども,豊かさな気持ちにさせてくれるような音楽でした。広上さんの指揮はデリケートになり過ぎることはなく,太い音の流れを感じさせてくれました。そして,この楽章でもフルートやファゴットなどの木管楽器が彩りを加えていました。明るさの中に不思議な寂しさも漂うのも絶品でした。

第3楽章もまた,速すぎず遅すぎずの神経質になることのないテンポ感。ホルンがしっかりと全体を支え,たくましさのある音楽になっていました。トリオの部分では,ファゴットなどを中心としたフレーズが繰り返されるうちに,テンポが少しずつ遅く,静かになっていき,別世界へと入っていきました。

第4楽章はキビキビとした音楽。ただし,トゲトゲしさはなく,落ち着きと余裕も感じられました。その後,毅然とした表情を持ったフレーズになったり,色々な楽器が戯れるような気分になったり,音楽の表情が鮮やかに変化していきました。所々,大きめの間を取っていたのも印象的で,音楽の余韻をしっかりと楽しませてくれました。

広上さんが若い頃,師匠のレナード・バーンスタインがこの曲を指揮をするのを聴いて感動したといったエピソードをプレトーク(公演前,カフェ・コンチェルトで行っていました)で紹介されていました。ところどころ,OEKメンバーに向かってうなずきながら,笑顔で指揮する広上さんを見ながら,私自身にとっても忘れられない演奏になりました。

プレトークの様子

続いて,今回がOEKと初共演となる米元響子さんをソリストに迎えて,モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番が演奏されました。考えてみると広上さんは,昨年の7月の定期では小林美樹さん,9月の定期では神尾真由子さんとの共演だったので,3回連続で,同世代のヴァイオリニストとの共演ということになります。あまり性別を区別するのもよくないのですが,「広上さんと女性ヴァイオリニスト」シリーズといったところでしょうか。

第1楽章の序奏部は「軍隊風」と呼ばれている部分。低弦の響きがズシッと響くと同時にどこかユーモラスな味もありました。弦楽器をベースに,ホルンやオーボエがしっかりと主張し,対話をしていました。その後,米元響子さんのヴァイオリンが加わりました。十分な華やかさや美しさを聞かせつつも落ち着いた品の良い味わいのあるモーツァルトを聞かせてくれました。米元さんは,シャンパンを思わせる淡い暖色系のドレスを着ていましたが,音の方もそういった印象でした。奇をてらったところがなく,いつまでも聞いていたくなるようなヴァイオリンでした。よく通る磨かれた音なのですが,冷たい感じはなく,どこか人間味を感じさせくれような暖かみがありました。カデンツァも十分に華麗で新鮮さがありました。米元さんの余裕のある技巧をベースにしっかりと地に足の着いた音楽を聴かせてくれました。

第2楽章も落ち着きのある美しさに溢れていました。派手な感じはなく,品の良いツヤが感じられるような大人の音楽だと思いました。楽章が進むにつれて音楽に翳りが出てくる感じは,広上さんの音楽性とも共通すると思いました。孤独だけれども,しっかりと支えられている...といった安心を感じました。

第3楽章は優雅にスタート。その後は,次から次へと色々なメロディが湧き上がってくるモーツァルトならではの才気に溢れた音楽が続きました。いろいろなエピソードが出てくるたびに,テンポが変わるのですが,常に優雅さがあるのが素晴らしいと思いました。中間部は,ドローンバスをベースとした田舎風の音楽になりますが,じっくりと念を押すような感じが良いなぁと思いました。曲の最後の部分も,語りかけるような感じで優雅に締めてくれました。

アンコールでは,パガニーニの24のカプリースの中の最後の24番が演奏されました。有名な難曲ですが,実演で聞くのは...意外に珍しいかもしれません。見事な技巧を聴かせつつ,暖かみや落ち着きを感じさせてくれる素晴らしい演奏でした。

演奏会の後半では,ベートーヴェンの交響曲第2番が演奏されました。昨年9月の定期公演ではベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」が指揮されましたので,一つ前に遡ったことになります。

ここ数年,OEKの定期公演でもよく取り上げられている曲で,マルク・ミンコフスキさん,鈴木雅明さんなど色々な指揮者で聴いてきました。それぞれに結構奇抜な演奏で,スリリングな楽しみに溢れていましたが,今回の広上さんの解釈は,それらに比べるとオーソドックスだったと思いました。しかし,堅く真面目な演奏という感じではなく,そのベースには自由さと暖かみがあり,OEKメンバーが自発的に演奏しているような開放感を感じました。

第1楽章の序奏部は,バロックティンパニのくっきりとした音を中心に,引き締まった音で開始。リズムもしっかりと弾んでいましたが,刺々しくならないのが広上さんらしさだと思いました。

主部も速めのテンポでしたが,暴走する感じはなく,この曲の持っている健康的なムードをしっかりと味わわせてくれました。木管楽器もしっかりと活躍していましたが,突出する感じはなく,一体となった暖かみを感じさせってくれました。楽章の最後の方は力強く盛り上がり,堂々とした音楽を形作っていました。

第2楽章も中庸なテンポ感の中に,豊かさ,暖かさと前向きな推進力がバランス良くブレンドされたような音楽を聴かせてくれました。前半で聴いたシューベルトの2楽章と響き合うような感じでした。この楽章では,鮮烈さのある弦楽器,明るい色合いを加えるクラリネット...などOEKのサウンドの多彩な魅力も感じることができました。楽章の最後では,しっかりと弾む松木さんのフルートの後,翳りのある音で終了。さり気なくドラマを感じさせってくれました。

第3楽章も力強さと流動性のある,ニュアンス豊かな音楽でした。あれこれ,面白く聴かせようと仕掛けたくなる音楽ですが,広上さんの解釈は結構ストレート。トリオの部分も小細工はなく,それがかえって爽快でした。

第4楽章はキリッと引き締まった音で開始。ただし,この変も極端さはなく,常に余裕のあるユーモアを忘れないといった大らかさが感じられました。クラリネット,オーボエ,フルートなどが心地よくメロディをつないでいく感じも良いなぁと思いました。楽章の最後の方では,音楽が静かになっていった後,一気に爆発する,この曲ならではの楽しさを存分に伝えてくれました。野性味のある濃い音楽で堂々と締めてくれました。

演奏後,広上さんがマイクを持って登場...何をおっしゃられるのかと思えば,「ワールド・ベースボール・クラシック,日本がイタリアに勝ちました」というお知らせ。私は野球のことはすっかり忘れていましたが,同時間に試合を行っていたようです。

そして,「オーケストラは,レストランと同じ。いくらおいしい料理を作っても,お客さんに喜んでもらえないとだめ」という言葉。広上さんがOEKのアーティスティック・リーダーに就任後,お客さんの満足度を高めるための工夫をあれこれ積み重ねて来られました。その成果が,お客さんの反応にも少しずつ出てきている気がします。

最後にさっぱりとしたデザートのような風味を持った,レスピーギのイタリアーナがアンコールで演奏されてお開きとなりました。

広上さんとOEKによる公演は,1回1回が聞き逃せなくなってきました。次回広上さんが登場するのは,楽都音楽祭のオープニングコンサートでの指揮。音楽祭をどう盛り上げてくれるのか,こちらにも期待したいと思います。

PS.

この日のポスト・コンサートトークにはコンサートマスターのアビゲイル・ヤングさんとフルートの松木さやさんが登場しました。

そして…最後に松木さんの退団のあいさつ...客席はちょっとどよめいていました。非常に残念ですが,松木さんの今後のさらなる活躍(は間違いないのですが)をお祈りしたいと思います。

ヤングさんの方は5月に金沢市アートホールで行う昨年に続いての室内楽公演のPR。いろいろな編成,いろいろな作曲家の作品を楽しめる充実の内容。聞き逃せない内容ですね。

2023/2024シーズンプログラムの概要をお知らせするボードが出ていました

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